和室が姿を消す日が来るのだろうか

荻津郁夫建築設計事務所

荻津郁夫


新しい年の初めを今年はどのように迎えられたでしょうか。コロナ禍の中、自宅で家族と過ごされた方も多いかと思います。子供のころのお正月といえば家族で炬燵に入ってテレビを見ながらみかんを食べている場面。隣の座敷には正月用の掛け軸と鏡餅のお供え。居間も座敷も隙間風のよく通る畳敷の和室でした。台所は床下が覗ける穴の開いた板張りだった木造住宅の実家が昭和30年代にコンクリートブロック造に建て替わった時にも居間はカーペット敷になったものの仏間と客間は6畳間でした。

昨秋「和室学」(松村秀一 服部岑生 編 / 平凡社)という書籍が出版され、さまざまな面から興味深い研究成果が報告されているのですが、その元になっているのが日本建築学会に設置された「日本建築和室の世界遺産的価値特別調査委員会」の活動です。このままでは和室が消えてしまうのではないかという危機感から、和食にあやかって和室を世界の無形文化遺産への登録を目標にし、和室の起源から茶室や数寄屋造りでの変遷、モダニズム建築における和室、統計的な検討など多岐にわたる視点で語られています。

因みに、世界遺産としての和食は天ぷらや寿司といった日本料理そのものではなく、登録名は「和食、正月の祝いに代表される日本人の伝統的な食文化」であり、食にかかわる慣習から読み取ることができる日本の文化を指しているとのことです。

では「和室」と聞いて皆さんはどのような部屋を思い浮かべるでしょうか。

「畳敷で障子や襖で仕切られ押入や床の間があり床座で過ごす部屋」といったイメージには、実は世代間の差は少ないのではないかと思います。実際には和室のない家で育ってもテレビや映画で目にしたり、旅先の宿で体験したりして、日本独特の和室という空間のイメージは共有できている気がします。

旅館の和室:床座の座敷と椅子座+ベッドの設え (箱根強羅花壇)

和室という呼称は洋室と区別するために明治以降に現れ、さらに畳の間という意味での和室が広く一般の住宅に普及したのは戦後、昭和20年代以降のこととされます。それまでの民家は土間や板の間がまだ多く、現在われわれが和室として抱くイメージが定着したのはそう遠くない過去のようです。畳そのものは古代からあったとはいえ、平安時代以降の寝殿造りでは板の間の周辺部の人が座るところだけに廻し置きされ、鎌倉時代に客をもてなす場として座敷が現れ、室町時代になってそこに畳が敷き詰められるようになったということのようです。いずれにしても貴族や有力武士の屋敷に限られた造りですが、室町時代の慈照寺銀閣にある東求堂の同仁斎が畳を敷き詰めたプライベート空間である書院の原型とされ、今の和室の祖先とされています。そして畳は日本オリジナルな床仕上げ材なのです。


商家の広間(続き間)座敷(大町の住宅)、仏間を兼ねた客間(中通の住宅)、掘り炬燵で鍋を囲む和室(中里の住宅)

住宅の設計において、和室をどうするのかという打合せは必須とはいえ機能や意匠についての要望は、この大きさの仏壇を収めたいとか、掘り炬燵が欲しいといった具合で、キッチンや浴室のような細かな要望やこだわりは少ないように思います。家全体が畳敷という時代を通り過ぎ、現代では余裕のスペース、多目的な部屋として和室がとらえられてきているからでしょうか。

家具内仏壇前の畳敷(青葉台の住宅)、夫婦の寝室(鎌倉佐助の住宅)、家族5人の寝室(鎌倉二階堂の住宅)

実際に設計した和室を振り返ってみても、旅館を除くと縁なし半畳の畳とすることが多いのに我ながら驚きました。仏間や床の間付きの座敷として仕切られた独立の部屋の要望があった場合以外は、他の部屋との連続性や空間の方向性をよりニュートラルに設定したい感覚から一般的な縁ありの畳は使いにくいわけです。施主の方々ともこの感覚は自然に共有できてきています。西洋起源の建築と名付けられた設計教育のおかげなのでしょうか。逆に旅館の設計の場合にはそんなモダンな和室は封印し伝統的な和室を前提とします。一言で和室といっても無意識に使い分けているわけです。

前掲の「和室学」では、明治の西洋化と戦後のアメリカ化の激動の波をくぐりぬけてきた和室の強い復元力<レジリエンス>についての言及がありました。古来大陸からの影響を受け止めつつ和様化する柔らかさによって築かれてきた日本の文化の特質を表しているのが現代建築における和室かもしれません。

機能が特定された空間を連結していくのではなく、さまざまな場面に変換できる和室あるいは和室的空間を分割することで機能に対応していく作り方は組積造ではなく木造を基本とする日本建築の特質の一つです。

一つ一つの機能を突き詰めて効率を求める現代の資本主義社会、グローバリズムを信条とする消費至上社会に合わせた生活スタイルへのちょっとした揺さぶりを和室的なあいまいさからできないものかと夢想しているところです。

和食がヘルシーで美しい料理として世界各地に広がりを見せているのに対し、和室はどうでしょうか。桂離宮をはじめとする日本建築がモダニズム建築に影響を与え、寺社仏閣が海外からの観光スポットとして注目されているほどには、和室という文化は認知されていない気がします。もちろん気候風土に大きく影響される住宅や建築の要素がそのまま世界に広がることはないにせよ、空間のとらえ方やそれを実現するさまざまな技術が日本文化としてもっと世界に発信されていってもいいのではとも感じます。

なお、2020年12月17日にユネスコが日本の「伝統建築工匠の技:木造建造物を受け継ぐための伝統技術」(建造物木工、檜皮葺・杮葺き、左官(日本壁)、畳製作など)を無形文化遺産に登録することを正式決定しました。喜ばしいことです。さらにこのような技術に支えられた建造物が生み出してきた日本の生活文化―――それらが和室に凝縮されているとも考えられます―――が未来への糧となるように、コロナ後の社会において考えていかなくてはならないと思っています。

横浜・神奈川|暮らしをデザインする建築家|AA STUDIO

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