住まいの片づけなんて、建築家のやることではない?

鈴木アトリエ一級建築士事務所

代表 鈴木信弘


設計事務所を始めて20年。

老人ホームや病院、集合住宅などの設計も手がけたが、個人のお施主様から住宅の設計を依頼されて建った家はすでに100を超えた。設計という行為は楽しく、全く苦にはならないのが不思議。いろんな家族・敷地・予算・要望があり、その中で最適な解答を作る設計行為はそれぞれ楽しい思い出である。もちろん至らず怒られることも多々あった。

ひたすら走ってきた20年。そんな経験の多さを評価されてか、住宅設計の小ネタをまとめるようにと編集者にいわれて、2年掛けてまとめたのが昨年出版した「片づけの解剖図鑑」(エクスナレッジ社)である。

書いた本人である私は当初から「設計のアイディア集」を出すのだとばかり思っていたのだが、編集のF氏はなぜか「建築」という言葉も「設計」という言葉も使わず「片づけ」というキーワードを提示してきた。当時タイトルの見本版が送られてきた時、私はかなり落胆した。

なぜならば「建築家」という職能は、芸術性の高い空間の創造、意識の高揚をもたらす空間芸術を目指すのだから、その意識で歩んできたつもりの自分が出す初めての本が「片づけ」だなんて、ちょっと悲しすぎる、とヤケ酒でした。

みなさんにとって建築界とはどんなところでしょう?

(建設業界ではないですよ、建築家業界のことです)

私はちょっと変わっていると思っています。難しいことを言うほど重宝されるし、あらゆるものを建築というフィルターに置き換えることが創造とされ、芸術性の高いと自己申告しておこなう操作・思考・言論については、訳がわからない言葉でも重んじられるが、その一方でいわゆる日常家庭的な内容、たとえば家事・炊事・使い勝手などについて真剣に語ると、とたんに軽く見られて、業界の端部にレッテルを貼られて押しのけられてしまうのです。

出版をしてから出会ったある著名な建築家からは「君ねえ、「片づけ」なんてものは、建築家の仕事ではないよ!そんなものは○○に任せておけばよい。」とほとんど差別用語に近いことも言われたものです。

さて、そんな業界内輪の冷ややかな視線の中でこの本は建築系出版の本としては短期に異例に売れたのです。1年間で6万部を超えるヒット。NHKを初めとするテレビ、ラジオ、そして雑誌、新聞、いろんなメディアから取り上げていただきました。

しかし一番驚いたのは私。なぜって「この本を読めば、即効、部屋が片づく!」

という紹介のされ方にかなりの違和感を感じていたからです。

実際私の本には「片付ける方法論」については一つも書いていません。

今まで、当社に来た顧客の暮らしの悩みを設計上でどう解決したかという事例を紹介しただけですから、モノのしまい方や、掃除の仕方が書かれている訳ではないのです。それでも多くのメディアが来たのには理由があり、「家事・生活・暮らし」分野に初めて「建築設計の専門家」が登場した!ということだったようです。

この分野ではなぜかカリスマ主婦や、元モデルの主婦、芸能人たちが著した片付け本の世界がすでにあり、すてきなライフスタイルの紹介や、暮らしぶりを演出した、あこがれ本がコンスタントに売れているのですが、そこに不細工な男が登場し「片付けられないのはあなたのせいではありません、その空間を設計した人のせいです」、なんてこと書いたものですから、今まで片付けがうまくいかずに失望していた人々に安心感と共感を与えてしまったのです。

編集のF氏が私をその世界に放り出したのですが、彼の読みは見事に当たったということでしょう。

街もビルも店舗も住まいも、暮らしも私たちが「設計」するいろんな建築は、すべて人が使うものであり体験する場所であり、ものすごくそれらの関係は親密で繋がりの深いものだと思っていたのですが、みなさんの側から見ると、私たち「建築家」はかなり遠い存在になってしまってるようです。

いつのまにか自分たちで砦をつくってしまったのでしょうか? 

じつに身近なところに私たちを求めている人が大勢居るのにそれを知らずに、近くに居ながら、全くリンクしていなかったようなのです。

そんなことを感じた1年でした。

建築との新しい関わり方、今年も考えていきたいと思います

片づけの解剖図鑑(エクスナレッジ社)とその中国版

横浜・神奈川|暮らしをデザインする建築家|AA STUDIO

神奈川県、横浜市の建築家を中心とした建築家グループ。住宅や各種施設設計の経験豊かな建築家メンバー自らで運営し建築家の紹介、建築家コンペのコーディネートなどの各種サービスを行っています。

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