公共建築の建替え問題 ~新国立競技場と横浜市役所~

株式会社アマテラス都市建築設計

山口賢


東京オリンピックの誘致に絡めて神宮の杜にある国立競技場が建替えになります。この立替のプロセスに不透明な部分が多くあり大きな問題となっています。

日本スポーツ振興センター公式サイト:

http://www.jpnsport.com/


まずはじめに設計案の公募について


建替え提案を広く世界中から公募しますと新聞広告見開き一面を使った宣伝広告を展開して大きな話題を呼んだのですが、その応募資格が以下の通り。

新聞に掲載された一面広告


応募者の代表者若しくは構成員が次のいずれかの実績を有する者であること。 1)高松宮殿下記念世界文化賞(建築部門) 2)プリツカー賞 3)RIBA(王立英国建築家協会)ゴールドメダル 4)AIA(アメリカ建築家協会)ゴールドメダル 5)UIA(国際建築家連合)ゴールドメダル 6)収容定員 1.5 万人以上のスタジアム(ラグビー、サッカー又は陸上競技等)の基本設計又は実施設計の実績を有する者


これらの受賞歴のある日本人建築家は槇文彦、磯崎新、谷口吉生、伊東豊雄、安藤忠雄、妹島和世+西沢立衛(SANAA)。安藤忠雄は審査側なので5組のみ。これでは広く公募するというのは全くの嘘で市民に対するポーズで、公募ではなく指名コンペとほぼかわりありません。



次に審査結果と提案の不適切さについて

結果実際に選ばれたのはザハ・ハディドというイラク出身のイギリス人の建築家の案で未来的なフォルムの先鋭的な提案です。新しい時代のオリンピックにふさわしい提案のようにも思えます。審査員の安藤忠雄氏も強いインパクトを持って日本の先進性をアピールできる作品であると評しています。しかしこの建築家は場所のコンテクスト(文脈、歴史、文化的な要素、景観などを指す)を無視することからデザインを発展させ独自性のある作品を作り出すことで定評のある建築家です。

ザハ・ハディドの案


この敷地は1912年、明治天皇崩御の翌年、時の東京市長阪谷芳郎等の請願を受け、天皇奉祀の神社、明治神宮建設の端緒が開かれます。現在明治神宮があるところを内苑と称する。そして明治神宮外苑(以下外苑という)が提案され、内苑に対して外苑は公園、特にその後各界からの要請に応じて、市民に広く開放されたスポーツを中心とした公園として整備されてきました。重要なことは、当初より内苑、外苑、そして表参道、裏参道 が一体として計画され東京では数少ない都市景観を重視して整備されてきており、東京で初めて風致地区が設定されたエリアであります。このようにコンテクストが極めて重要な場所であるにも関わらずコンテクストを無視することから設計をスタートさせるザハ・ハディドの案を選ぶという審査結果となっています。景観を守るために設定されている風致地区の条件もコンペ前に大きく変えられ、建てられる建物の高さは15mまで抑えられていましたが75mまで緩和されています。総工費も当初1300億の予定でしたが選定された案での積算では3000億近くまで膨れるとの予想。またその運営費も年間40億円かかる(現在5億)との試算も出ています。

壊される外苑の杜と絵画館、銀杏並木の景観

現在の絵画館、銀杏並木


公共建築を市民のものにするデザインレビューという仕組み

設計者選定の過程や景観問題、コスト問題など市民の皆さんは了解しているのでしょうか?建設に係る資金も運営にかかるコストも全て税金で賄われます。公共建築は市民の重要な財産です。この財産形成の過程を市民が全く知らないというのはとても不自然なことです。欧米では公共建築や一定規模以上の民間施設を建設する際にはデザインレビューが行われます。それは市民に対してデザインの内容コンセプト、コストやその調達方法、建物の使い方や都市景観との調和など広範囲に渡る意見交換が行われ市民との合意形成を行う仕組みです。実際にコープ・ヒンメルブラウという建築家がウィーン市内に計画した建物の計画を巡って5年もの時間を費やし市民との合意形成に至った事例もあります。設計者が利用者である市民に対して真摯に計画説明し理解を得る作業を行うことで市民もその計画に参画し一緒に考える時間ができます。当然その過程で計画の見直しが行われたり設計者も市民も多大な労力をかけることになります。でもこの過程を経ることで公共建築を市民のものにすることができるのです。

横浜市役所市庁舎の移転について

現在関内駅前に位置する横浜市役所(1959年村野藤吾設計)が数年前に60億円の費用をかけて耐震改修も完了させておきながら北仲地区への移転を計画しています。この移転計画の過程もとても不明瞭です。

今年の移転計画の発表前に2007年中田市長の時に168億円でこの計画地を既に購入、財政難で厳し状況にもかかわらず水面下で移転計画を進めています。

現在関内地区に現市庁舎には入りきれない職員の為に20箇所のビルを賃貸して年間20億の出費があるのでこれを集約、効率化を図るという説明を現市長はしています、その為に600億円の建設費を投じて新庁舎を建設するという計画です。引っ越しその他諸経費を計算すると約1000億円のプロジェクト予算が必要になるとの試算もあります。横浜市民の皆さんはこのお金のかけ方に同意なさっているのでしょうか? このような高層オフィスビルのような市民に閉じた市庁舎でいいのでしょうか?使い勝手はどうなんでしょう?横浜市のシンボルともなるであろう建物のデザインがこのような箱物でよいのでしょうか?

これからの横浜の未来をどのようにデザインしていくのかという重要な視点がかけていると思いませんか?
  1. まず、市の施策の要不要とそれに関わる職員人員の整理
  2. 必要最小限の面積の算出
  3. 横浜開港の歴史をふまえた官庁街のあり方、中心部の未来構想(関内の未来)
  4. 移転するのかしないのか
  5. 移転するのならば最適な場所はどこか?
  6. それは横浜の未来を創る全体の構想に合致するのか、ビジョンの呈示
  7. 市民と横浜の未来像を共有できるデザインレビューなどの開催
  8. 同意形成を経て土地の購入や計画案の立案という作業

以上は私の私見ですがこのようなプロセスを経て計画を進めていくべきではないでしょうか?現在私が所属する日本建築家協会神奈川地域会では横浜市に対してデザインレビューの必要性などを訴え活動しています。市民の皆様もぜひこの問題を共有していただき、これからの公共建築のあり方作られ方に興味を持っていただきたいと思います。公共建築は市民の共有の財産であり市民が誇れるものでなければならないと思います。

横浜・神奈川|暮らしをデザインする建築家|AA STUDIO

神奈川県、横浜市の建築家を中心とした建築家グループ。住宅や各種施設設計の経験豊かな建築家メンバー自らで運営し建築家の紹介、建築家コンペのコーディネートなどの各種サービスを行っています。

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